世界一 心が温まるキャンプを福島県でやりたいと思う

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予想外のことを生かす・・・話(2)・・・Ⅱ期のエピソード

「みどりの夢の町の完成でーす!」の150名の大声は、Ⅱ期のフィナーレとして山々に響き渡りました。Ⅰ期の作品も見事でしたが、今回も見事な作品です。自分の未来の町を、それぞれのお子さんが作成しました。グループとしても、オブジェとしての作品を仕上げ、真ん中に置かれています。

一人では絶対にできない作品。そこで思い描くのは、未来の理想の町です。
この中には、年内には、自分の故郷には戻ることのできないお子さんたちもいます。また、今、ほとんどのお子さんが暮らす町は、放射線のために、外出が制限されています。そのようなお子さんたちは、どのような町を作りたいと願っているのでしょうか。未来を過去との関連の中で考えさせる作業は、トラウマによるPTSD予防には、重要な活動なのです。

途中で思い出すのは、たとえば、戻れない故郷のことです。あるいは、自由に遊べない町のことです。放射線のことを心配し、必死になって、対話する先生や親御さんの顔です。地震の揺れも思い出しますし、見慣れた福島第一原発が吹き飛ぶ映像だったかも知れません。懐かしい風景、平和だった震災前のことです。この作品作成は、実は繊細なワークショップであると思っています。

100名に近いお子さんです。

実を言えば、ここに作品を掲示しなかったお子さんもいました。そのようなお子さんが出てこないのが不思議なのです。心理スタッフからすれば、想定内の話ではあったのですが・・・。それ以外のスタッフには予想外だったのかも知れません。

(実は、この日、筆者は所用のためにキャンプ地を離れたので、現場にはいません。以下は伝聞で、報告を受けたものです。想像で書いているとこともあると思いますが、お許しください)

ボランティアスタッフから声がかかったのは、個人で作品を作成している段階でした。

「あのー、ちょっと気になる絵を描いているんですけどー」

心理スタッフたちは、毎朝、ミーティングを重ねています。心理の目から見て、気になるお子さんたちについて、情報をシェアしながら、関わりの工夫を話し合ってきています。すでに初日の段階から、心理スタッフの中では話題になったお子さんでした。大ぜいが活動を始めると、ひょいと、そこから離れて一人遊びになってしまいます。聴覚情報処理が苦手で、学校のような場では、結構苦労しているのだと思われました。ですが、普通の大人や教師には、このお子さんの大変さが理解してもらえないだろうなぁと思っていたお子さんでした。

ベテラン2人の心理スタッフが、背後から、熱心に描いているその絵を覗きこみました。

描かれていたのは、奇妙なオバケが、何人もいる絵だったそうです。

一人が尋ねます。「これは何の絵なのかな?」

「魔法使いのケーキ屋さん」「そうなんだぁ」「魔法使いなんだ・・・」・・しばし、絵の解説に2人が聞き入ります。

「○○ちゃんは、この絵のどこにいるの?」

「私?私いないわよ・・・こんな恐いところ」と言ってハッとした表情をしました。我に返ったのだと思います。

とっても困った顔になります。

「んー。困っちゃったかな?」・・・じゃ預かりますね・・・という目線を、もう一人の心理スタッフが送ります。
その後、絵については、本人は持って帰らないし、作品として並べることもしない、絵そのものは、恐い絵だったことに本人が気づいたので、その心理スタッフが預かり、しっかりと、責任を持って焼却することを約束したそうです。

なぜ、そうしたのでしょう。そうなったのでしょう。それは、どんな意味がこのお子さんにあったのでしょうか。ここからは筆者の想像です。
写真は、グループでの共同作品です。前の晩のカンテラパーティで、お子さんたちは、未来の町を作成し、発表しています。このお子さんにとっても、このように作品を作っていくことの意味は十分に分かっていたはずでした。

でも、いざ、個別の未来の夢の町を作ろうと思ったときに、多分、宮崎作品の魔女の宅急便の町のようなファンタジックな町にあるケーキ屋さんを想像したのかも知れません。そして、制作に取り掛かっていくうちに、自分の描く魔女が予想以上に恐いオバケになってしまったのでしょう。この恐さは、どこかでこのお子さんの中にある不安や恐さがうまく描けたということでもあったのです。言わば、このお子さんにとっての「トラウマ遊び」だったわけです。

最初の心理スタッフの言葉、「この絵のどこにいるの?」とは、その絵を客観化して見ているのかどうかの確認でした。この言葉で、自分が恐さを描くことを快適に感じていたこと、そして、自分が最初に描こうと思っていた世界とは、まったく違う世界を作ってしまったことに気づかされたわけです。

心理スタッフがここで交代したのは、それを気づかせてしまった方よりも、その困惑に付き合い、事態を収拾する人は、ここでチェンジした方が良いという共通理解が瞬時にできたのだろうと思います。

そこからは、まったくの想像ですが、本人が描いた世界、そこに現れる恐さや不安を受け止めながら、思わぬ自分がそこに飾られることは嫌なことであり、誰かにそれを迂闊には見せたくないこと、自分は家でもそれは持ちかえって、心配するご家族には見せたくはないこと、その恐さや不安は、その困惑に付き合ってくれた心理スタッフに全て預け、それをこの世から消し去ってほしいこと、などが、確認されていったのだと思います。

トラウマケアで大事なこと、子どものケアで一番大事なことは、

不快な感情を言葉にして表現させることを手伝うことです。

しかも、そのプロセスで、全ての恐さ、不安をこちらがひょいと引き受けることなのです。

心理スタッフは、このようなことを軽やかにするために、いつも、子どもたちの近くにいて、スタッフがお子さんの予想外のことに困ったときに、そのお子さんへの最適手を選択して関わっていたのです。