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「みどりの東北元気キャンプ」:睡眠の問題に顕著な効果(春のフォローアップキャンプのアンケートから)

◆3月末の保護者アンケートの集計結果◆

3月末に行われた「春季キャンプ」は、夏のキャンプにご参加いただいたお子さんたちのフォローアップキャンプでした。

そこで、昨年の夏のキャンプの前後の変化について、保護者の方にアンケートを取りました。40名のお子さんの様子についてのご回答をいただきました。

ありがとうございました。

 

ストレス症状で、地震後に増加した症状で一番多かったものの順番は、以下の通りでした。

 

◆睡眠の問題(寝つきの悪さ、浅眠など)◆

 

睡眠の問題がキャンプで、相当に変化したことが分かります。夏のキャンプが睡眠の問題の解消に役立ったことが、結果から明らかになりました。

 

◆震災後の体験とストレス反応の関連について◆

 

震災後の体験の中で、多かったストレス体験となるものは、以下の順番でした。

 

「地震や津波で恐い体験をした」・・25名

「外遊びを制限されている」・・・・24名

「生活面でのストレスの増加」・・・16名

「学校のストレスが高い」  ・・・10名

ストレス反応と、上記のストレス体験との関連を見るために作成したのが上記の表です。%は、ストレス体験の体験率を示しています。

 

ここで示されるように、次のような関連性があるようです。

 

◆「睡眠の問題」は、「地震・津波体験」と「放射線による外遊びの制限」との体験と関連する。

◆「甘えるようになった」は、「生活面でのストレスの増加」と関連する。

◆「怒るようになった」は、「学校のストレスが高い」と関連する。

 

もちろん、数に限りがありますので、統計的にそうだとまでは言えません。

 

いずれにしましても、地震や放射線によるストレスと関連の高い「睡眠の問題」にみどりの東北元気キャンプが効果的でした。主催者として、所期の目的を果たせたことに、本当にほっとしています。

みどりの東北元気キャンプエピソード(5):奇跡のキャンプから学んだこと(2)川遊び・・・「これ・・なあに?」

 

◆朝の仕込み◆

 

適応指導教室のお子さんたち24名中20名が学校に復帰してしまった「奇跡のキャンプ」は、20世紀末の話です。小林も大熊雅士先生も、まだ40歳代でした。副島賢和先生は30歳代で、小学校の教員のまま小林の研究室で大学院生として学んでいました。

キャンプでは、深夜まで反省会をして、朝早く起き出します。その気力、体力はまだ当時ありましたね。

子どもたちに示しているプログラムは大枠だけでした。

たとえば、題して「川遊び」。それだけです。

「川遊び」の朝、大熊先生は、「2時間だけ眠ります」と布団に入りました。そして、早朝4時過ぎに午後の川遊びのための川に向かっていきました。

写真は「ターザンロープ」のイメージ写真です。実際の川は、このようなものではなく、渓流なのですが、滑車で一気に滑り降りるスタイルです。

2時間ほどして、へとへとに疲れて大熊先生は帰ってきました。「足がパンパンになっちゃた。動かない」と言いながら・・・。

聞けば、川遊びの仕掛けを作ってきたのだそうです。川を滑車を使って渡るこの仕掛けや、木にロープをひっかけての「ターザンごっこ」の仕掛けのために、川原に出かけ、早朝に準備をしてきたのです。

 

◆船便で取り寄せた安全装具◆

 

大熊先生が、この川遊びにいかに熱を入れていたのかは、「ターザンロープ」の準備を数か月も前から始めたことからも分かります。

このキャンプは、「親子キャンプ」です。家族での参加ということになります。適応指導教室のお子さんのご家族の中に、2歳の幼児が含まれることを、大熊先生は事前に知っていました。そこで、2歳児用の安全装具(ヘルメットや身体を転落から守るベルト)の一式を探したのだそうです。

でも、我が国には、そのような低年齢の子どものアウトドア安全装具はなかったのだそうです。そのため、大熊先生はアメリカから数か月かけて船便で、そのお子さん用の安全装具を取り寄せていたのだそうです。

 

◆本当に「指示をしない」とは・・・◆

いよいよ川遊びとなりました。

川には不思議なものが、しつらえてありました。
高い木からロープがぶら下がっています。
川に目をやると、川に一本のロープがしっかりと張られています。

でも・・・それだけなのです。

 

その近くに暇そうに、大熊先生が子どもの相手をしながら漂っています。
少しすると、子どもの方が、その不思議を尋ねます。

「あれ・・・なぁに?」
「おーあれかあー?あれを使ってなぁ、滑車を付けて、少し工夫すると、向こう岸からこっちまで、自衛隊のレンジャー部隊みたいに、シャーって川を渡ってくることができるかもなぁー」
「できるの?」
「おーできるよ・・・。完成させるのを手伝ってくれればなぁ、君が」

「え?やりたい!作りたい!」
「でもなぁ、2人で作るのは大変だなぁ・・・もう少し手伝ってくれる人いないとなー」

「じゃあ、連れてくるよ、声かけてみる」
「そっかー、ありがたいなぁ。じゃあ、車から道具を出すよ」

満を持して、大熊先生は大量の小道具を車から取り出します。

 

◆一か所に熱を持たせて、皆がそれを行うように巻き込む◆

 

小一時間かけて、仕掛けを完成させ、最初に自分で作成した子どもたちが、順番に川の上をターザンロープで渡って行きます。
恐がり屋のお子さんたちの多い集団ですので、大人たちは勧めはしますが、無理には声はかけません。
でも、これを自分で作った子どもたちは、熱心に仲間にトライするように勧誘していきます。

そして・・・大熊先生の狙いの通り、2歳のお子さんも「やりたい」と言い出します。
「安全装具ありますから、どうです?」と傍らで眺めている親御さんに許可を取り、そのお子さんもトライをします。

2歳のお子さんが「キャー」と大笑いをしながら滑った後では、もう誰も「恐い」とは言えなくなってしまいました。
飽きもせず、子どもたちは繰り返しトライします。ターザンロープは長蛇の列で、大人気の仕掛けとなりました。

「お世話しないキャンプ」「指示をしないキャンプ」「皆が一緒にと言わないキャンプ」

でも、気が付けば、
「皆が一緒にやっていて、むちゃくちゃ楽しいキャンプ」は、このようにして実現されていったのです。

みどりの東北元気キャンプエピソード(4)奇跡のキャンプから学んだこと(1)みどりの東北元気キャンプ事始め

◆みどりの東北元気キャンプ事始め◆

今でも、2011年の3月に自分たちがどのような時間を過ごしていたのかが分かりません。

「みどりの東北元気キャンプ」を行いたいと言い出したのは、大熊先生でした。ですが、それがいつだったのかが定かではないのです。ただ、驚くべきことに、3月30日には、「みどりの東北元気キャンプ」のキャンプのプログラムは、ほぼ確定してしまっていたのです。

その間に、どれほど大熊先生と小林が顔を合わせてキャンプの話をしたのかも、覚えていません。キャンプのことで顔を合わせて話したとしても、多くて1、2回でしょうし、他の話のついでだったと思います。電話だけだったかも知れません。

「キャンプをする」と定めたとたんに、2人の頭の中に、小金井市で行った「不登校児童・生徒対象の親子キャンプ」があったのは確かだったと思います。

◆奇跡のキャンプとはー24名中20名が年度内に学校復帰◆

小林が東京学芸大学に奉職したのが、1995年でした。大学の教育実践総合センター(現在の教育実践研究支援センター)に異動したのが1997年で、そこから3年間、この小金井市のキャンプを行っていたのです。その当時の小金井市の担当指導主事が、大熊雅士先生でした。

その3回目のキャンプが、「奇跡のキャンプ」と呼ばれるものでした。

なにが「奇跡」だったのでしょう。このキャンプでは、適応指導教室から参加した児童生徒が24名いました。その24名の適応指導教室から参加した児童・生徒のうち、20名が夏のキャンプ終了後の年度後半に学校に復帰したのです。

もちろん、キャンプの力だけで学校復帰できたわけではないのですが、親子一緒にケアできたこと、適応指導教室の指導員もこのキャンプに参加していただいたこと、そして、今回の「みどりの東北元気キャンプ」でも導入されていた多くのノウハウの原型が、このキャンプの中に投入されていたことによるものだったと思います。

小金井市は、1997年では、「都下の27市の中で不登校の出現率がワースト2位」であったものが、このキャンプ以降「都下の27市で不登校の出現率がベスト2位」に一気に浮上したのです。

その翌年、キャンプは中止になりました。キャンプに連れて行くにも、適応指導教室には4名しか児童生徒が残っていなかったためだったのです。

◆奇跡のキャンプの体現化◆

当時、小林が申し伝えたこのキャンプのコンセプトは、「学校のようなキャンプはするな」でした。

学校のようなキャンプとは、「お世話をするキャンプ」「指示をするキャンプ」「みんなで一緒にと言うキャンプ」のことです。

そのようなキャンプではなく、「結果として、みんなが一緒に何かをしていて、むちゃくちゃ楽しかったと思えるキャンプ」を目指すように求めたのです。

小金井市の奇跡のキャンプのコンセプトとここで培ったノウハウが、今回の「みどりの東北元気キャンプ」で再び体現されていったのです。

このコンセプトが、みどりの東北元気キャンプ」では、次の標語に結実していったのです。

 

 

みどりの東北元気キャンプエピソード(3)3センチの我慢

 

◆すぐ手を出すな 口出すな◆
「みどりの東北元気キャンプ」で、支援者が携えていた言葉は、このようなものでした。

「ちょっと待て すぐ手伝うな 口出すな よく見 よく聞き よく考えよ」
言うのはたやすいのですが、実現していくのはたやすいことではありません。

これは、キャンパーたちに共有されていた支援の原則ですが、
このキャンパーの姿勢が、一番象徴的に示されるのが、シャワークライミングです。

少なくとも、子どもの心をケアする場では、安心・安全の確保が最優先になります。
その一方で、子どもに「不安や不快感を自身の力で乗り越えていく体験」を与えなければなりません。
不安が自ら動くことで消えていく体験を与え、自分でそれを消すことができ、不安の解消が強い快適さと自信を与えることを実感させなければ、心のケアにはならないのです。

◆シャワークライミングでの3センチの我慢◆

「自分の力で・・・」ということを実現するのは、たやすいことではありません。
大人の側が「自分でやりなさい」と語ったら、それは「自分でやった」ことにはならないからです。
「自分でやりなさいと言われてやった」ことになります。

それほど、「自分の力でなしとげた」と、思わせることは難しいのです。
支援者は、安心・安全を確保させ、緊張や不安を伴う難しい課題を与えつつ、失敗しても大失敗にならないように下支えするのですが、
下支えされているとは、あまり気づかれないように行うのです。

上の写真をご覧ください。子どもの前方から差し出されるピンクの軍手ですが、手は差し出しているものの、子どもが体勢を整えて、自ら掴むまで、この位置から子ども寄りに差し出されるわけではありません。
「掴んで」などの言葉も言いません。
その枝のような手を使うのも使わないのも、子どもの自由なのです。

注目していただきたいのは、その後方の女性の両手です。これがキャンパーたちが通称で呼んでいた「3センチの我慢」の姿です。
子どもの背後から手を添えます。でも、子どもの身体には触れません。そこに手があることを子どもは知りません。

子どもの身体と支援者の手の位置の距離・・・それが3センチにするという意味で、「3センチの我慢」と読んでいるのです。
万一、子どもが滑ったときに、たまたま、そこに人の手があったかのように子どもを受け止めるのです。
そして、子どもを受け止めたら、その位置のまま動かしません。ぐっとこらえます。

子どもが姿勢を整え、再度、上に向かい始める前まで、その位置のままで、子どもを木の枝のように支えます。
下の写真のキャンパーも、身体全体で子どもを受け止めるような姿勢でいます。

この瞬間に、水の勢いに押されて子どもが滑ってきても、たまたま、そこに身体があったかのように受け止めるのです。
「自分で頑張った」と本当に子どもが思えるには、キャンパーたちが中腰で、ずっと子どもの転倒が一大事にならないように支援しつつも、支援されたとは思えないような形にする必要があるのです。

子どもが本当に自分で頑張ったと思えたなら、子どもは支援者に感謝はしません。
「ありがとう」などとは言いません。
子どもから感謝されるようでは、気づかれないように支援しているはずの大人の方が未熟なのです。

 

みどりの東北元気キャンプエピソード(2)どうしたい?と問うこと・・・

◆自ら選択するとは◆

「みどりの東北元気キャンプ」の夏の活動は、たくさんの魅力的な選択肢が用意されました。

「ツリークライミング」「カヌー体験」「シャワークライミング」「ツリーハウス」「ビストロin小野川湖」と、どれも魅力的な企画でした。

選択肢が複数あるとき、しかも、どれもが魅力的ならば、人は自分で選んだ選択肢に取り組む意欲が増します。
Aも良い、Bも良い、Cも良いと思うとき、関わる大人は、「どうする?」「どうしたい?」と平明に問いかけるだろうと思います。

でも、たとえば、関わる側がAを勧めたいと思っていたらどうでしょうか?
「どうする?」と平明に問いかけることができなくなります。
A以外を選択したことに、瞬間でも気乗りのしない応答をしてしまう場合もあるのではないでしょうか?
その途端に、選択肢は、消えたことになります。「自ら選んだ」ということはアリバイ作りになってしまいます。

関わる大人の側の思いや期待が強くなりすぎると、それに応えようとしない子どもに浴びせる言葉はいつも決まって、
「何やっているの?」「何やっているんだよ!」となってしまいます。
「自分で選んだんでしょ?」と言ってしまいがちです。

◆選択肢の有無ではなく、目標設定させ、「どうしたい」と尋ねることこそ大事◆

でも、春キャンプは違います。選択肢はありません。

イグルー(雪洞)作りは、その最たるものです。
休憩を挟んで、ほとんど8時間労働で、一晩自分たちが眠る寝床を力を合わせて作り上げていきます。
作らなければ、氷点下5℃の世界で命がけで眠ることになります。

でも、「作らないと死ぬよ・・」では、ほとんど恫喝です。(^_^;)
自ら選んで行うことにはなりません。

 

 

もちろん、寒さに耐えられないお子さんのために別活動は用意していました。

一応、この選択肢はありましたが、最初から、それは提示していません。

アートコーディネーターさんが作る竹灯篭作りの手伝いです。
飽きてしまったお子さんたちがいたら、「こっちを手伝って」とお願いする企画でした。

竹灯篭は、キャンプ地を幻想的に照らすことになります。
この活動は火が灯った夜に皆に賞賛されて、ヒーローになれること間違いなしの企画でした。

大人にとっての8時間ではありません。子どもにとっての8時間は永遠のように長いはずです。

大事なことは、「この活動を通して・・・自分としては、どうなりたいのか?」「どうしたいのか」「どうする?」と問いかけ続けることなのです。

「気持ちよく全員が眠れる広さって、どのくらいが良いだろうか」
「入口はどうすると良いと思う?」
「どんなふうに雪ブロックを固めると良いのだろうねー。地震があっても生き埋めにならないようにするには、どうしたら良いのだろう?」
「入口に竹灯篭のカンテラ置くんだって。どういうふうにしたい?」

「何やっているの?」「何やっているんだ」
これを、「どうしたいの?」「どうしようか?」「どうしたらいいと思う?」に変えること、
その問いかける言葉を探し続けることが重要なのだと思います。

今年の春キャンプでは、子どもたちはイグルー作りから一人も脱落せず、
竹灯篭は、アートディレクターさんが一人で全て作ることになってしまいました。