世界一 心が温まるキャンプを福島県でやりたいと思う

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「みどりの東北元気キャンプ」が心のケアに役立つ理由:失敗を楽しむイカダ作り

心のケアに特化した「みどりの東北元気キャンプ」では、挑戦の日(3日目の午前)に、昨日よりも伸びている自分を実感させるプログラムが同時並行で進みます。

そこで目指すのは、「自分はここにいても良い」と心から思え、その中で、「自分にはこれがあると自分を信じられるようになる」ことです。そのよ うに思えるために、各アクティビティは、「昨日に比べて、少しでも伸びている自分を実感する成功体験」と「伸びようとする自分を実感する挑戦」となるように支援者は工夫します。

仮にアクティビティに失敗しても、それでも本当に良かったと思え、悲しいとか怒りとか不安とか緊張も、全て飲み込んで、自身の肥やしになるように働きかけること、それがこのキャンプの支援者に求められています。

そのことが、一番試されるのが、「イカダ作り」なのです。


イカダ作りは、通常のカヌー、カヤックでは飽き足らないお子さんたちが挑戦します。

「出来合いのカヌーやカヤックかつまらないよな」「自分たちで船作って漕ぎ出さないか?」という誘い掛けで1時間以上かけて作成しました。

4名のお子さんが参加しました。木を組み合わせて、紐で丁寧に結んだ立派なイカダ。出港の雄叫びを挙げていざ出陣したのですが・・・。4名では見事に沈没。

実は、木だけで作ったイカダは、どれほど立派でも、人の体重を支えるほどの浮力が得られないのです。これは最初から分かっていたことでした。

浮かべて見ると、2名が定員ということが分かりました。

このアクティビティの目的は、イカダが上等に浮かぶことではないのです。失敗に意味を与え、失敗の中でそれを喜び、その中で楽しむこと。そこに他のアクティビティでは得られない「イカダ作り」ならではの遊び本来の醍醐味があるのです。

イカダに登っては滑り落ち、イカダの周りを滑り落ちた子が泳ぎます。

「あはは、沈んじゃった」・・「次は、俺の番だよ」・・・「あっちに行きたいんだけど」・・・「お前が降りろよ」・・・「え?俺が?俺が落ちるの?」・・・とても嬉しそうです。

シャワークライミングやツリークライミングやカヌー、カヤックでの失敗は、事故と紙一重になることがあります。でも、イカダ作りは、失敗が思い切りできるのです。失敗を楽しむこと、これが、このお子さんたちの挑戦なのです。それを多くの大人たちが岸部から、並走しつつ、一緒に笑いながら見守ります。

もちろん、事前に浮かぶイカダの設計はできています。午後には、浮き輪を付け加えて、浮かぶイカダで再挑戦になります。

 


「みどりの東北元気キャンプ」が心のケアに役立つ理由:マステリーを培うツリークライミングでの抱き留め

心のケアに特化した「みどりの東北元気キャンプ」では、挑戦の日(3日目の午前)に、昨日よりも伸びている自分を実感させるプログラムが同時並行で進みます。ツリークライミングは、仮に数センチでも自分の力で上昇できたかできないかが、自分で実感できます。

「みどりの東北元気キャンプ」が心のケアで重視するのは、子どもの中に、「マステリー」の感覚を育むことにあります。
マステリーというのは、「自分はここにいても良い」と心から思え、その中で、「自分にはこれがあると自分を信じられるようになる」ことです。「自分は自分でよい」「自分はここにいて良い」感覚を自己肯定感と呼びます。言うならば、自己肯定感を育むのが大きな目的の一つです。

自分の力で上昇できたことは、自信(自己効力感)を向上させます。ツリークライミングに限らず、挑戦の日に行われる全てのアクティビティは、多かれ少なかれ、自信の獲得に有益です。辛いことであっても、試行錯誤をしながらそれに臨んでいると、先に進んできた自分を発見し、そこに素晴らしい世界があることを感じます。それこそが成功体験です。それが自信を培います。

でも、ツリークライミングにはツリークライミング独特の意味があるように思えます。

上空30mの高さから見下ろせば、多くの眼差しが自分を追っているのが見えます。

自分を信じる事、それを支えている多くの者がいること、そこに気が付ける事、これが整ったときに、人は先に進む勇気と自信を感じることができるのだと思います。

ご先祖さまが猿であった人間は、高いところが好きですが、一方で、高いところが恐いということも新生児から本能で知っています。恐さを好奇心に変えて、高見を目指すのは、どう考えても気持ちが良いはずです。

大事なのは、下でロープを保持する者の声掛け。もちろん、技術的なアドバイスも大事なのですが、上昇に合わせて、「上がった。いいぞ!」「やったね!」などの感嘆の言葉です。この言葉が、先に進もうという気持ちに火を点けます。

「がんばれ」とか、「もっと高く」などの台詞は台無しです。誰かと競う様なものではないのです。何メートル上昇しようが、何センチ上がろうが、自分にとっては、まったく新しい体験なのですから。

 

そして、下にいる者が一番大事にしなければならないのは、地面まで降りてきたときに、しっかりと抱き留めること
「上がれたねー」「良かった、良かった」と、上がれたことを我がことのように喜ぶ笑顔です。
この体験は、「高い、高い」をしてもらった幼児の味わうことと似ています。大人に投げあげられて、下に落ちてきたときに、大人がにっこり笑って、しっかりと抱き留める感覚、これに近いのです。
もちろん、この大自然の中では、神の木とキャンパーたちが呼ぶこの木が全体をしっかりと抱き留めていることも感覚的に感じられます。

 

繋がりの中で生きている自分、自然の中で生かされている自分を感じてもらうこと、そこにツリークライミングが持つ本当の癒しが隠されています。
実は、下に人がいなくても、別に、一人で降りてくることはできます。でも、下に降り切ったときに、誰もそのことに関心を示してくれないのだとしたら、この体験の喜びは、恐らく一割程度になってしまうのではないでしょうか?
世界で一番になっても、それを喜ぶ人がいなければ、人生は充実しないのです。

 

「みどりの東北元気キャンプ」が心のケアに役立つ理由:マステリーを培う3㎝の我慢

「みどりの東北元気キャンプ」が心のケアで重視するのは、子どもの中に、「マステリー」の感覚を育むことにあります。

マステリーについては、以前このように紹介しました。

マステリーというのは、「自分はここにいても良い」と心から思え、その中で、「自分にはこれがあると自分を信じられるようになる」ことです。「自分は自分でよい」「自分はここにいて良い」感覚を自己肯定感と呼びます。言うならば、自己肯定感を育むのが大きな目的の一つです。

そのように思 えるためには、「自分にはこれがあると自分を信じられるようになる」体験が必要です。ですから、「昨日に比べて、少しでも伸びている自分を実感する成功体験」と「伸びようとする自分を実感する挑戦」となるように、支援者は各アクテビティで工夫しなければなりません。その工夫によって生み出された体験で、育まれるものが「自己効力感」です。この自己効力感が、「自己肯定感」の素地になります。

3㎝の我慢

 

すなわち、心のケアに必要なことは、緊張や不安を感じる場面に直面しながら、自らそこに臨むと選択し、自分の 力でそれを乗り越えていった体験を与えることに尽きます。安全、安心を確保しながら、他方で、他者の力を借りずに、自分で乗り越えて行ったと思わせるために 必要なもの・・・それがシャワークライミングの中で、我々が「3センチの我慢」と呼ぶ関わりに象徴的に表れています。


難所では、子どもの身体に触れないぎりぎりのところで、子どもが滑り落ちてくるのを支えるように支援者は構えています。万一、滑り落ちてきたら、そこで受け止めますが、あわてて押し返すことはしません。自分で足場を探し、そこから歩み出すまで、身体をぐっと支えて待ちます。

子どもの身長、体重、身体能力に応じて、その自然条件では不可能な難所もあります。今年のシャワークライミングの小川の水量は、2011年の南会津豪雨災害直後よりも多いものでした。大人でもギリギリのところでは、手がかりがなければ子どもは流されます。

このときに、手や身体が差し伸べられますが、それは子どもの手を大人が掴むのではありません。手がかりの一つとして、支援者は腕を木の幹のように差出し、それを「使っても良い」と言います。これが「人間樹」です。「人間岩」となる場合もあります。

本当に自分で乗り越えたと思うためには、安全を確保しながら、しかし、子どもの能力に応じて手伝いを最小限にするのが3㎝の我慢なのです。

「何をしても大丈夫」というような自我を肥大させるような過剰なお手伝いや、予め、難所を回避させたり、失敗したことからの立て直しを支援者が後ろから押し上げるような手伝いはしません。安全のためにをお題目に、アクティビティの成功だけを目指すような場合、支援者の自己満足だけが肥大し、子どものマステリーは育たないのです。

人間樹

3㎝の我慢は、分かりやすい比喩ですが、心の面でも3センチの我慢を支援者には求めます。子どもの意欲が失せたときにも、意欲を損なう原因となった不快感をぐっ と受け止めます。そこで、どっしりと気持ちが持ち上がるまで、寄り添います。

「嫌になっちゃうんだね」「やる気がなくなってしまったんだ」と、応じて、次 の動きだしを待つのです。「そうしたかったんだっけ?」「そうしたいのかな?」と問うことはしても、不快感が消え、意欲が回復するのを待ちます。そして、自分で動き出そうとしたとき、そのようになったことに感謝し、それを一緒に喜びます。そのことが、辛いことを乗り越える力を育むのです。

最後まで登り切り、滝の作り出す水柱と虹が身体を包むとき、喚起の雄叫びが自然にわき上がります。それが、子どもたちがマステリーを得た瞬間なのです。

「みどりの東北元気キャンプ」が心のケアに役立つ理由:緊張を緩めることを意識する3

今年のみどりの東北元気キャンプでの新しい工夫の一つ。それは、ゆったりとした時間を作ることです。挑戦した緊張感を緩める時間を随所に設けました。


そのことが、プログラムの中で一番象徴的に現れているのは、3日目の午後の「この指とまれ」企画です。


これは、キャンパーたち、子どもたちがこの時間に行いたいアクティビティを「●●したい者、この指とまれ」と募集して行う活動です。午前中は、自分が挑戦したいことを定めて挑戦し、自分自身の伸びを実感しました。その緊張と興奮があったからこそのお遊び企画です。

針金を使って小物を作ることや、木の幹に手がかりとなる突起物を設けて、ロッククライミングのように垂直に昇ること、ハンモックで揺れを楽しむ者、地上30センチの上に張られたスラックライン(綱渡り専用の紐)上を渡る者、ターザンロープで楽しむ者、風船ワークに興じる者、太鼓をたたき続ける者・・・などなど。

その中で、子どもたちでカフェを運営したい女の子達は、販売会議(販売はしませんが)を真剣にしています。

「どんなふうに声をかければ良いのか?」

「男子はどんなものを飲みたがるのか?」ということで、男子にアンケートを取り始めました。

 

相談に乗っているのは、キッチンスタッフと、飲み物提供をそれまで運営していた小川さんです。小川さん自身も宮城で被災し、その際、避難所でカフェを運営していた方です。キッチンスタッフがその真剣な様子を笑いをかみ殺して眺めています。

最終日の午後は、実は、キャンプで一番事故が起きやすい時間なのです。その時間を単なる自由時間にすると、事故が起きる可能性が高いということもあります。

本当の自由とは、自分の希望するもの、想像するもの以上に選択肢が存在するところにあります。多くのプロがいるからこそ、子ども自身が希望する以上に多くのアクティビティを瞬く間に同時に実施できます。時間には収まりきれないほどの選択肢が用意できるのです。

「みどりの東北元気キャンプ」が心のケアに役立つ理由:緊張を緩めることを意識する2

今年のみどりの東北元気キャンプでの新しい工夫の一つ。それは、ゆったりとした時間を作ることです。挑戦した緊張感を緩める時間を随所に設けたのです。例年、各アクティビティがあまりに魅力的なので、それをできるだけ子どもに味あわせたいと、アクティビティ間の時間的余裕がない作りになっていました。

今年、違っていたのは、次の点です。

各アクティビティの開始時刻だけを守らせるように、キャンプディレクターは最大限の注意を払いました。そして、その各アクティビティの間に時間の30分以上の時間の余裕を設けました。そのため、アクティビティが手間取ったとしても休憩の時間が取れます。アクティビティが早く終われば、そこから1時間ほどの自由時間が取れます。「子どもだけで湖、川に近づかない」というルールを守っていれば、そこでゆったりとした時間を持つことができます。

アクティビティに挑戦し、緊張を味わったら、その直後にゆったりと弛緩した時間を持つこと。これが不安や緊張を緩めることで味わえる居心地の良さに繋がります。その居心地の良い時間を、共に同じアクティビティを味わった誰かと共有できると、互いの親密感は、より高まります。


たとえば、最後の夜。キャンプファイアーで思い切り楽しんだ後で、子ども達とキャンプリーダーはアートディレクター柳瀬さんの作り出した蝋燭の灯りの光に優しく包まれたキッチンに戻ります。そこで、しみじみと今日の活動、これまでの活動を振り返ります。
福岡県キャンプ協会会長の大橋光雄先生は、この光景を眺めながら、呟いていました。
「どんなにアクティビティで、子どもたちを仲良くさせても、ここまで顔を寄せ合って話をすることはできないんだよなー。真ん中にろうそくの光があることで、お互いの親和性がいやでも高まるんだよねー」
喧噪の後の寂しさの共有ができるように、興奮の後の弛緩の時間と空間をどう上質に作るのか、ここに子どもの心のケアのキャンプならではの工夫があるのです。