世界一 心が温まるキャンプを福島県でやりたいと思う

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振り返り;語りを紡ぎだすこと・・・不登校のキャンプで最も重要な関わり

どの体験活動もそうなのですが、体験を振り返り、その体験に何らかの意味を与え、記憶の中に深く落としこめたときに、その体験は豊かな経験へと変わっていきます。人生の財産になります。そのときに大事なことは「振り返り」です。このキャンプでは初日の夜のキャンドルの光の中と、お別れパーティの後にそれがもたれます。

子どもは経験、知識が少ないのですから、当然、体験では失敗が多くなります。失敗が多い上に、いつも高いレベルができるように求められたり、失敗を悪いことのように扱われたり、責められたりした体験が多いとしたら、子どもは活動をすることに臆病になります。
不登校のお子さんの場合、普通のお子さんよりも、失敗だと自分で思う体験を重ねてきていていることが少なくありません。周囲がそれを責めないとしても、皆と同じように登校できないことに傷ついていることが本当に多いようです。そのため、自分の体験を振り返ること、それを言葉で表現することにひどく臆病になっています。仮にそれが楽しい体験であっても、それを言葉にすることにも臆病になってしまうことが少なくありません。ですので、キャンプ体験での振り返りを行うときには、それを聴く者には、本当に繊細さが求められます。

振り返りの難しさは、話を引き出すのではないことにあります。話を紡ぎだすことが目指すことです。何かの場面が話題となったときに、何を感じ、何を考えた のかをじっくりと聴く構えが必要になります。通常は、保護者や教師など、子どもが出会う大人は、評価者として子どもの前に立ちます。でも、体験に良し悪し はありません。良かった、悪かったと評価をするようなことではないのです。
そのときに、どう感じていたのか、今、どう感じているのかが、フォーカスする最大のポイントです。
「よかったねー」「残念だったねー」「嫌だったんだー」「悔しかったんだね」「腹立ったんだー」「恐かったんだ」というのが、その出来事が起きた過去の記憶で感じていたことに応じる言葉です。
そして、そのことを語る今の感情を表情で読み取りながら、その表情を真似します。そして、この場での感情を言葉にしてみます。「嬉しくてたまらないん だー」「今も残念な感じがあるのかなー」「今は恐い(悔しい、むかつく)って感じじゃないように見えるねー」などなどです。

子どもにたくさん話をさせようするのは違います。Q&Aのように、尋ねるのは違います。「あのときにどう感じた?」「あのときどう思った?」などと、こち らが特定のエピソードを持ち出すのではありません。「今日はどうだった?」「〇〇(大変、楽しい)だった」「ふーん、〇〇だったんだー。・・・〇〇だって 感じたのは、どんなとき?」と子どもに場面を選んでもらいます。
子どもの持ち出してきたエピソード一つを、骨の髄までしゃぶるように、その体験時の感情を感じ取り、共有します。そして、今それを語っている子どもの今の感情を感じ取り、子どもの感覚や感情と合わせるようにします。

そのことに語りつくせたと思えば、次のエピソードに移るか、満足して遊び始めます。その語りに感謝をし、支援者の側がその体験を聞いて、感じたこと、考えたことを返礼として返していきたいものです。

意味ある振り返りの対話は、ゆっくりしたもので、ゆったりしたもので、居心地がよいものでなければなりません。
声は低く、小さく、張りのない柔らかい声で、語りかけます。相手の言うことを繰り返すことや、少しずらしてみることや、再現性の高い言葉にして返すことなどのことは、あくまでもテクニックに過ぎません。
彼らに大事なことは、自分のどのような体験も、そのときに感じたこと、考えたこと、今、感じていること、考えていることを否定されないで、自分の体験したことをじっくりと分かろうとする大人と出会えることなのですから・・・。

写真: 【不登校キャンプで振り返りの難しさ;語りを紡ぎだすこと】
どの体験活動もそうなのですが、体験を振り返り、その体験に何らかの意味を与え、記憶の中に深く落としこめたときに、その体験は豊かな経験へと変わっていきます。人生の財産になります。

そのときに大事なことは「振り返り」です。このキャンプでは初日の夜のキャンドルの光の中と、お別れパーティの後にそれがもたれます。

子どもは経験、知識が少ないのですから、当然、体験では失敗が多くなります。失敗が多い上に、いつも高いレベルができるように求められたり、失敗を悪いことのように扱われたり、責められたりした体験が多いとしたら、子どもは活動をすることに臆病になります。
不登校のお子さんの場合、普通のお子さんよりも、失敗だと自分で思う体験を重ねてきていていることが少なくありません。周囲がそれを責めないとしても、皆と同じように登校できないことに傷ついていることが本当に多いようです。

そのため、自分の体験を振り返ること、それを言葉で表現することにひどく臆病になっています。仮にそれが楽しい体験であっても、それを言葉にすることにも臆病になってしまうことが少なくありません。

ですので、キャンプ体験での振り返りを行うときには、それを聴く者には、本当に繊細さが求められます。

振り返りの難しさは、話を引き出すのではないことにあります。話を紡ぎだすことが目指すことです。何かの場面が話題となったときに、何を感じ、何を考えたのかをじっくりと聴く構えが必要になります。通常は、保護者や教師など、子どもが出会う大人は、評価者として子どもの前に立ちます。でも、体験に良し悪しはありません。良かった、悪かったと評価をするようなことではないのです。
そのときに、どう感じていたのか、今、どう感じているのかが、フォーカスする最大のポイントです。
「よかったねー」「残念だったねー」「嫌だったんだー」「悔しかったんだね」「腹立ったんだー」「恐かったんだ」というのが、その出来事が起きた過去の記憶で感じていたことに応じる言葉です。
そして、そのことを語る今の感情を表情で読み取りながら、その表情を真似します。そして、この場での感情を言葉にしてみます。「嬉しくてたまらないんだー」「今も残念な感じがあるのかなー」「今は恐い(悔しい、むかつく)って感じじゃないように見えるねー」などなどです。

子どもにたくさん話をさせようするのは違います。Q&Aのように、尋ねるのは違います。「あのときにどう感じた?」「あのときどう思った?」などと、こちらが特定のエピソードを持ち出すのではありません。「今日はどうだった?」「〇〇(大変、楽しい)だった」「ふーん、〇〇だったんだー。・・・〇〇だって感じたのは、どんなとき?」と子どもに場面を選んでもらいます。
子どもの持ち出してきたエピソード一つを、骨の髄までしゃぶるように、その体験時の感情を感じ取り、共有します。そして、今それを語っている子どもの今の感情を感じ取り、子どもの感覚や感情と合わせるようにします。

そのことに語りつくせたと思えば、次のエピソードに移るか、満足して遊び始めます。その語りに感謝をし、支援者の側がその体験を聞いて、感じたこと、考えたことを返礼として返していきたいものです。

意味ある振り返りの対話は、ゆっくりしたもので、ゆったりしたもので、居心地がよいものでなければなりません。
声は低く、小さく、張りのない柔らかい声で、語りかけます。相手の言うことを繰り返すことや、少しずらしてみることや、再現性の高い言葉にして返すことなどのことは、あくまでもテクニックに過ぎません。
彼らに大事なことは、自分のどのような体験も、そのときに感じたこと、考えたこと、今、感じていること、考えていることを否定されないで、自分の体験したことをじっくりと分かろうとする大人と出会えることなのですから・・・。

待つことの本当の意味

「ちょっと待て、すぐ手伝うな、口出すな、よく見、よく聴き、よく考えよ」は、どの元気キャンプでも支援者たちが一番身につけなければならないことです。
ここに、難しい課題が仕組まれました。

それが、くまG(大熊先生)企画のGG(大橋先生)による事前研修会での火の燃やし方、鉈の使い方、小枝ストーブ、ダッチオーブンの扱い方です。これを子どもに使わせるには、キャンパーたちは、その知識や、いかにそれが危ういものであるのかを知らなければいけません。楽しくしっかり支援者は、これを学びました。
でも、ここに落とし穴があります。


自分がそれを知ると、子どもが失敗することを許容できなくなります。先回りをしたり、教えたくなるのが人情です。
大人が一つひとつ声かけをし、子どもが成功するように導きたくなります。一緒に困り、「どうしたら良いんだろうねー」と大事なところで声かけができなくな ります。「誰が知っているのかなぁー」「尋ねてみようか?」などの言葉で、子どもの関わりの幅を広げる関わりかけをしないまま、自分が教えたくなります。 まったく知識がないのも、何が危ういのかが分からないので、難しいことですが、分かったことで、失うものも少なくありません。
子どもに「ありがとう」と言ってもらいたくなるのです。
自分が付いている子どもは素晴らしくなったと言ってもらいたいのです。
自分が楽しみたくなるのです。
子どもを誘導し過ぎたり、子どもの後ろに立たず、子どもを引き連れていた支援者も最後まで残念ながらいました。
元気キャンプをよく知るキッチンの強力メンバーは、キッチンに入るとき、「どうして支援者が子どもを連れて先に入るのだろう」と、「支援者がなぜ、先に用事を言うのだろう?」と思っていたそうです。
支援者たちは、キャンプの技量がスキルアップして嬉しかったのだろうと思います。同じような嬉しさを子どもに味あわせることが、本当は支援者に求められていたのですが・・・。
多くの支援者は途中でそのことに気づきましたが・・・。
本番での主役は、あくまでも子ども本人なのです。

子どもを見守ること・・・。本当に支援できる仲間になるために

11月2日~3日にかけて、不登校の子どものための親子キャンプを山梨県都留市の宝の山ふれあいキャンプ場で行いました。

みどりの山梨元気キャンプは、翌年の夏のキャンプに向けてキャンパーたちを鍛えるキャンプです。
そのために、こっそりと難しい課題が仕組まれました。

キャンパーには初日に種明かしをしましたが、2人で1人の子どもを見るようにオーダーをしました。
キャンプディレクターの丈さんのプランに総監修の小林が口を挟み、若者たちや役割付きではない者で、ペアを組ませ、1人の子どもを見るように初日のお昼にお願いしたのです。

実は、この方法は、一人の子どもを一人の大人が1対1で見る形よりはるかに難しいのです。
どの瞬間にメインになり、どの瞬間に相手に任せるのかが、目で意思疎通が図れるようでないと、仲間同士の役割が混乱するからです。押す人間と引くように進 める人間、追いかける人間と、戻ってくるのを待ち受ける人間、感情を受け止める人間と、行動を許容しない人間という複数の役割を瞬時に切り分けなければな りません。
自分が前に出るのか、相手に任せるのか、自分は何をしたいと思っているのか、相手は何をしたいように見えるのかを考えねばならないからです。

その一方で、それ以外のベテランたちは子どもに付かず、子どもを広く見て、背後で手助けをすることを求めました。各ペアの後ろで少し遠くから見守る人がい ました。でも、キャンプ場で一番重要で必要なのは、子ども全員を視野における位置にいて、子どもの数を数えながら、子どもを広く見ている人です。

その位置を知る人は、そこに集まります。写真のメンバーのお一人は取材の新聞記者の方でしたが、最重要位置にいるということが、流石だなーと思った瞬間です。
そして、この写真に写っていないもう一人がいます。そのメンバーは、この位置とは、子どもたちを挟んで対角線上に位置しています。
本当のセイフティネットは、他のメンバーにも気づかれずに、瞬間瞬間で全体を掌握する眼差しを持てることにあります。
フリーで動かれたベテランの方の力量の高さは、本当にありがたく、嬉しかったです。