世界一 心が温まるキャンプを福島県でやりたいと思う

  • みどりの東北元気プログラム活動報告ブログ
  • みどりの東北元気プログラム ホームページはこちら

2015年5月30日;学舎ブレイブ主催「今の福島を見て 日本の未来を考える」を終えて

30日は、地震のために都内に入るのがやっとで、臨時の三畳ほどの狭い宿で一晩過ごした。写真をじっくり見返した。

翌31日の朝、大熊先生にブレイブに送ってもらう間に、車中で大熊先生が尋ねてきた。

「何が一番印象的でしたか?」

まともに答えられなかった。

ずっと、写真を見返していたのに、その時点でも、どれが一番印象的であるのかが分からなかった。正直、感情があまり動いていないように思えた。

断じて、解離していたのではないし、感じないようにしていたのではない。心理的にではなく、思考として混乱していた。

 

自分が震災以降体験してきたことで、今回のことといかにも関連しそうなことが、まったく記憶の中でリンクされてこなかった。

2011 年4月の郡山市、福島市、東部道路、仙台空港、松島、東松島と移動したときのこと、2011年11月、12月に陸前高田市、2011年11月、2012年 7月と気仙沼を訪れたとき、あるいは、2013年3月に郡山で地元の人達から、震災時からそれまでのことを聞いたときのこと、などなどで感じていたことと はまったく違うと思った。

 

いわき市が支援物資が届かず、見捨てられていることを知り、いわき市の知人とメールでやり取りし ながら、ネットで情報拡散による支援を必死になって行っていた2011年3月のことも、2011年3月12日に現在帰宅困難地区から逃げる教師と両親が行 方不明になった児童の支援のことも、同じく帰宅困難地区から逃れ、不登校となったお子さんに関わり、問題を解決したことも、避難指示解除準備地区の富岡町 から福島第一原発を遠方に見ながらの移動の最中にも思い浮かばなかった。2011年10月に帰宅困難地区に初めて入った被災者に頂いたその地区内の3月 11日から時間が止まった写真の数々も、その地区の住人だけが、タブレットで見ることができるライブの街の映像も、このツアーの最中に少しも思い返さな かった。

 

さんざん考えて、あえて、一番印象的な一枚を挙げるとすれば、広野の火力発電所とその手前に広がる廃棄物仮置き場だった。

写真としては、最大限に広いアングルで両者を捉えたものだが、何を撮りたいのかさっぱり分からないこの写真が、今回のツアーで一番印象的だったのだろうと思う。どうもしっくりいかないので、この場だけで、13枚も取り直している。

 

この写真に収めたかったもののそれぞれは、広大なこの地に分散していた。

 

一つは広野の火力発電所。福島県内の原発が止まって以降、2011年6月からフル稼働で東京の電気を支えている東京の経済の下請けとなり、そのことで豊かになろうとしていた福島県の悲鳴にも似たふんばりを象徴するものだ。

 

もう一つは、大量の瓦礫が分類整理され、集積されている仮置き場。

「次の津波が来たら、持って行かれるね」と呟いた。

だ が、これは新しい考えではない。これから、これが向かう中間貯蔵施設も、同じように海岸端に建設されているのを知っていて、また、すでにロシアの取材班が 撮影したドローンの映像でこのことを知り、最初に苛立っていた。そのような苛立ちは感じなかった。これが日本人の選択なのかも知れないと思った。

 

そ して、海の美しさ、空の美しさ・・・・。しかし、目では見えず、手元の空間線量計でしか感じることのできない放射線。これまで数兆ベクレルがこの海に流れ 出したことという知識のフィルターを取り除いて、美しさを感じられない悲しみ。しかし、その悲しみは、被災地で出会い、話を聞いたときに感じた悲しみに比 べれば、ごくごくわずか、数パーセントほどしかなかった。

 

結局、今、このツアー全体を通して、出てきたキーワードは、ツアーの最後のシェアリングの場で出てきたキーワードとは、まったく異なったものであった。

今のそれは、

「境界」「格差」「落差」だった。

 

ズームアウトすると、何が見えているのか、何を見たいのかが分からない。

結局何も見えない。

ズームインすると、それぞれが際立つ代わりに、トリミングされた以外が消えてしまう。

 

それを隔てるものが、「境界」であり、被災した者と被災していないと考えている者(日本人は全員被災していると他の国の人には思われているかも知れない)を分ける「落差」であり、そこに生じてくるそれぞれの立場による「格差」争いのようなものであるように思われるのだ。

 

放 射線量が、スポットスポットで桁違いに違うように、いわき市と富岡町と大熊・双葉とでは、まして、福島県全体とは、まったく異なっていて、福島が多くの日 本人が考えているようではないように、スポットスポットに境界があり、落差があり、格差がフレームによってまったく異なっているということなのだ。

 

まだ、まとまりが付かないし、まとまりを付けようとも思わない。ズームインして、それを固定させたときにできるのが、ステレオタイプの思考であるのだとすれば、写真にすれば最低の冒頭の一枚が、今の自分の気分を象徴する一枚であるように思えてくる。

それがこのツアーで一番印象的な一枚であった。

 

けれど、一番好きな写真は、講師の開沼博氏の一枚だ。

この丘に立って、説明を終えて、一人この風景を眺めている彼の姿。いわき市に生まれ、身を削りながら、痛々しいほどに福島の今をそのまま見て欲しいと動く彼が、何を思うのかと・・・考えた。

この写真が、実は一番感情を動かされた写真だった。彼の健康を祈るや、切である。

これ以外の写真は、以下をご覧ください。

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.987739107925543.1073741976.195137503852378&type=1

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.987815291251258.1073741977.195137503852378&type=3

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.987824021250385.1073741978.195137503852378&type=3

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.987915047907949.1073741979.195137503852378&type=3

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.987932204572900.1073741980.195137503852378&type=3

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.988125551220232.1073741981.195137503852378&type=3

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.988394154526705.1073741983.195137503852378&type=3